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徒然に.

創価学会について思うことを書く予定です.

軽減税率は必要か?

創価学会を支持母体とする公明党が消費税増税に伴い,いわゆる「軽減税率」の導入をかねてから主張してきたことは周知の事実である.2012年8月の「消費税率引き上げ法*1」以来,軽減税率は急速に注目を集め,その政策は国民の多くから強い支持を得ている*2

軽減税率導入の最大の目的は消費税の逆進性緩和である.無論,この目的がよりよく達成できるのであれば万々歳なのだが,軽減税率はアカデミアにおいて常識といってよいほどに評判が悪い.軽減税率を政争の具とされることに危機感を抱いてか,学者・研究者の有志らが軽減税率の導入に懸念を表明するために声明まで出している*3

軽減税率の導入に対する批判をいまさら論じることは少しばからしくも感じるが,国民に根強い人気を博しているのも事実であるし,今一度それを整理することも許されるだろう*4.それに,これらの批判があるから軽減税率は絶対的に悪であると即断することも難しいかもしれない.軽減税率の導入支持者の論理も考えつつ,本政策のエッセンスを総合的にとらえたいと思う.

軽減税率導入への批判

軽減税率導入に対しては主に以下の点が批判されている.

  1. 高所得者優遇
  2. ラムゼイ・ルールに反する課税による非効率性
  3. 適用する財の範囲の線引きの困難性
  4. ロビー活動による社会厚生水準の低下
  5. 徴税コストの増加
  6. 高付加価値化の阻害

とりわけ,1は軽減税率の目的である所得再分配としての機能が低いことの指摘であり,逆進性緩和の政策として致命的である(例えば,大竹(2015)*5).また,効率性と公平性のトレード・オフともとれるが,最適課税論の観点からは価格変化に対して需要変化の小さい必需品への課税が効率的であるから,2の非効率性は消費税増税の目的とする税収増加を相殺する方向に働く.3における客観的な財選別の難しさは,政治経済学的なメカニズムによって軽減税率の適用範囲が決定されることを示唆しており,そのロビー活動のために投入される資源は無駄である(4).また,IMFからの指摘*6が有名であるが,複数税率はその複雑さから一般に事務的・行政的コストを増大させる(5).6は,複数税率が生産者の利潤最大化行動の帰結として財の質を軽減税率適用範囲(必需品)の水準まで低下させることが考えられるという指摘である(例えば,佐藤(2014)*7).

これらの批判は軽減税率が,大学で財政学の講義を聴講したことがあるなら知っているはずの,「租税の原則」である公平性*8・中立性・簡素性のすべてに反するものであり,確かに一見して具合の悪い税制のようにみえる.軽減税率の必要性を主張する公明党はこれらの懸念事項をどのようにとらえているのだろうか.

公明党の主張

2015年12月20日(日)付の公明新聞*9がわかりやすい.公明党は軽減税率の導入について「Q1なぜ軽減税率を導入するのか」において以下のように述べている.

消費税は、商品やサービスを購入する際、所得に関係なく、すべて同じ税率がかかります。その結果、所得が低い人ほど、税負担が重くなる「逆進性」の問題が生じ、買い物のたびに税の負担を感じる「痛税感」を伴います。...(中略)...これらを緩和する対策として、軽減税率が最も優れています。...(中略)...低所得者に直接給付する制度が望ましいとする意見もあります。...(中略)...実際の消費支出とは関係なく給付が行われるため、消費税の痛税感の緩和には全くつながりません。

まず,既述のように逆進性緩和の政策として軽減税率は望ましくなく,まして「これらを緩和する対策として、軽減税率が最も優れてい」るとは到底言えない.そのことを踏まえると公明党に残された論理は「痛税感」の緩和である.確かに,軽減税率は必需品の購入と同時にその効果を発揮するから,後述の「給付型」の政策に比べて痛税感の緩和が期待できる.但し,実際的な所得移転額よりも「感」を優先させることは,極めて政治的ではないであろうか.

また,

諸外国でも消費税(付加価値税)を導入している国の多くで軽減税率が採用されており、食料品への適用は、「世界の常識」です

とも述べられているが,これは時系列でみると正しくないかもしれない.Ebrill et al.(2001)*10では1990年以降,複数税率導入国が単一税率のそれに比較して大きく減少していることが指摘されており,先進的な複数税率の導入国の「失敗」に見習って世界各国は複数税率の導入を敬遠していると考えられる(小黒(2013)*11,中田(2015)*12).ノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・マーリーズが中心となってまとめた2010年の『マーリーズ・レビュー』においても,単一税率の導入と後述の「給付付き税額控除」による逆進性緩和政策が提案されている.

徴税コストについては,「Q6中小企業の事務負担が増える」において

事業者の皆さまには、消費税を標準税率と軽減税率に立て分けた納税事務をお願いすることになりますが、できる限り負担を軽くするため、当面は「簡素な経理方式」を採用した上で、中小事業者には特例を認めることにしました。

とある.このことについて,いわゆる「益税」の観点から早急にインボイス導入の整備を行うことが指摘されており,負担軽減のためだからといって正当化できる話ではないはずである(佐藤(2015)*13,諸富(2015)*14).

代替案

経済学者の多くは軽減税率に代わって「給付つき税額控除」を推奨している.石田(2015)*15

給付付き税額控除制度は,社会保障の制度と所得税の制度とを組み合わせたものであり,複数税率化と比較すると,納税・徴税コストの問題が少なく,税率区分の困難さも回避することができる。所得への給付なので,家計の予算制約条件付き効用最大化の解に影響を与えず,家計の最適な財の組合せからは中立的である。

と述べており,また,軽減税率の最大の難点であった「高所得者優遇」を克服し得るという意味で魅力的である.一方で,松渕(2014)*16の指摘のように

  • 所得の正確な把握が必要
  • 低所得ではあるが資産の多い人にも恩恵が及ぶ

という点が問題である.2015年11月6日(金)付の公明新聞*17では,公明党の山口代表が

(軽減税率の有効性について)申請主義の欠点を補い、商品購入時に負担軽減の効果が納税者に100%及ぶことでは圧倒的に優れている。「高所得者にも恩恵が及ぶ」との指摘があるが、所得水準から見た軽減額の効果は、所得の低い人ほど高い。この視点で見ることが重要だ。欧米などは、こうした効果を考えた上で軽減税率を導入している。

と述べている.確かに,「申請主義」による消費者のコスト増加によって「給付型」による申請率が6,7割に留まる例が確認されている(諸富(2015) *18).

しかしながら,軽減税率が逆進性緩和の政策として総合的に優れているとする知識人は残念ながら少ないように思われる.みずほ総合研究所(2015)*19

...こうしたことから,消費税の逆進性対策は軽減税率とは異なる方法で行われるべきと考えられる。

としており,他の3つの代替的な政策といわゆる「財務省案」について論じている.

 

長々と軽減税率導入に関する要所を書き記したつもりであるが,果たして軽減税率は本当に必要なのであろうか?日曜の参院選での争点はいくつもあるが,投票結果・民意をもってして判断したい.

*1:社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の一部を改正する等の法律案.

*2:2015年10月23~25日における日本経済新聞社およびテレビ東京による世論調査では,軽減税率について74%が「必要だ」と回答している.軽減税率「必要」74% 本社世論調査、内閣支持率41% :日本経済新聞

*3:声明の賛同者である学者・研究者等有志は実に60名を超えている.軽減税率の導入を懸念するアカデミア有志による声明-思うこと、考えること

*4:石田(2015) CiNii 論文 -  消費税の複数税率に関する租税原則論的接近 は複数税率の長所・短所とその代替案について30を超える文献を引用し,メタ的な考察を行っている.

*5:軽減税率は高所得者が得するバラマキ策 WEDGE Infinity(ウェッジ)

*6:IMF、消費税「最低15%必要」 軽減税率はコスト増大と指摘 :日本経済新聞

*7:佐藤主光(2014)「(3)消費税の逆進性対策」『消費税率引き上げと低所得者対策に関する中間報告書』日本スーパーマーケット協会

*8:軽減税率が公平性をviolateすることについて詳しく記していなかったが,公平性には水平的公平性,垂直的公平性,世代間の公平性が考えられる.軽減税率は,逆進性緩和の効果は弱くとも垂直的公平性の担保を意図するものであるからこの点は大きく問題ではないだろう.一方で水平的公平性の観点から言えば,軽減税率の下では同じ所得額の消費者の税負担がその消費バスケットに依存して異なるために当該公平性は満たされていないということになる.世代間の公平性は,世代間の消費構造を詳細に分析する必要があるが,均一税率に限らず複合税率ともに概ね満たされていると考えられる.

*9:軽減税率 理解のために | ニュース | 公明党

*10: Liam P. Ebrill ; Michael Keen ; Victoria P. Perry eds.(2001)"The Modern VAT," IM F.

*11:軽減税率は世界の潮流でない(小黒一正) - 個人 - Yahoo!ニュース

*12:「軽減税率は先進国の常識」の大ウソ! – アゴラ

*13:消費税軽減税率の視点(上) 導入のコスト「見える化」を 佐藤主光 一橋大学教授 :日本経済新聞

*14:消費税軽減税率の視点(下) 税額票の導入が不可欠 諸富徹 京都大学教授 :日本経済新聞

*15:CiNii 論文 -  消費税の複数税率に関する租税原則論的接近

*16:松渕秀和(2014)「消費税増税低所得者対策―「軽減税率」と「給付付き税額控除」―」『あきた経済』第423号.

*17:軽減税率は「給付」に勝る | ニュース | 公明党

*18:消費税軽減税率の視点(下) 税額票の導入が不可欠 諸富徹 京都大学教授 :日本経済新聞

*19:消費税の設計シリーズ(8)~日本型軽減税率制度~:みずほインサイト (みずほ総合研究所)